IF Another despair side:Syugeibu

あってはならない未来。 けれど、ありえなくはない未来。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

No.8

【IF Another despair side:syugeibu】ニンギョウのタマシイ


――某日未明
 【封鎖特区・横浜】内某所


「貴女とはここでお別れです」
 男はその一言を、まるで日常の挨拶のような何気なさで口にした。
 俯く女。
 抱けば折れそうな細い肩が微かに震えている。
 それに気付いていない訳でもないだろうに、男はまるで躊躇うそぶりも見せず、どころか冷徹ですらあるそっけなさで女に背を向けた。
 女の指先がピクリと動く。
 もしかしたら、彼女は引き止めようとしたのかもしれない。
 男の服を掴んで、もう一度振り向いてもらおうとしたのかもしれない。
 けれど、男はそれを許さぬ足取りで進んでいく。
 振り返る事も無く、彼女から離れていく。
 だから、女は顔を上げる事ができなかった。
 いかないで、なんて。
 そんな言葉を口にする事もできず。
 ただ俯いたまま、鋼色の扉が閉まる無機質な音を聞いた。

 その音は、さよならのように冷たかった。


†   †   †


――同日未明
 【封鎖特区・横浜】内某所


 部屋の外に出ると、一人の男が彼を待っていた。
 無機質な壁に背を預けている男は、一言で表すならば白かった。
 服も、肌も、髪の色も。
 そして、その身に纏う空気すら、凍りついた時間のように白い。
 壁も、床も、天井も。味も素っ気も無いコンクリート建材が剥き出しになったその通路にあって、その男の周囲だけが静かに凍りついているようだった。
 だがそれは決して清廉な印象を与えるものではなく。
 むしろ、火葬された屍灰と、そこに横たわる炭化した遺骨のような。
 理由の無い不安を掻き立てるモノクローム。
 冷たく焼け落ちた灰色と、散々(ハラハラ)と凍りついた白色のツートーン。
 単彩の男は、その名を“殺戮仕事(ワーカーホリック)”といった。
「やぁ、お待たせしました」
 そんな男の纏う空気など意にも介さずにこやかに手を上げた彼に、“殺戮仕事”の名を持つ男は酷く冷めた瞳を向けた。壁に背を預けたまま投げられた視線は、鮮血に似た色に濡れていた。
「随分と冷たいのでござるな“悪魔”殿?」
「さぁ、何の事でしょう」
“悪魔(ザミエル)”――とある戯曲に登場する狩猟を司る悪魔の名で、白い男は自分に向かって笑いかける青年を呼んだ。その言葉に砂金を思わせる髪を指先で弄いながら、さも心外そうに悪魔と呼ばれた青年は笑った。肩でもすくめて見せそうな笑顔だった。人によっては釣られて笑顔を浮かべてしまいそうな、甘やかな表情だった。彼の本性を知る白貌の男からすれば、虫唾が走りそうな欺瞞だった。その薄皮一枚を隔てた下に、反吐をぶち撒けたくなるような悪意が蟠っている事を知っているが故に、それはそれはおぞましい笑顔だった。
「せめて別離(わかれ)の言葉の一つも投げてやれば良かったのではござらぬかな?」
「さて、どうでしょうね。人形を捨てる時に別れを惜しむ人もいるのかも知れませんが、僕はそれほど道具に思い入れを持つタイプではありませんから」
「ほぅ! これはまた存外な! 貴殿は随分とあのお人形に御執心だと思っていたのでござるが、いやはや、これは拙者の思い違いでござったかな?」
 大仰に驚いてみせる“殺戮仕事”の言葉に曖昧な笑みを返しながら、“悪魔”は内心で唾を吐いていた。食えない男だ。いかにも道化じみた振る舞いをしながら、その実恐ろしいほどによく切れる。それこそ、駒として扱うには厄介なほどに。
――だが、だからこそ面白い。
 いつか“悪魔”は彼を、自分と似ている、と評した。殺人を理由として駆動する呪われた黒い魂、人間の生命を希少価値無しと断ずる外道の倫理(ルール)を共有する同胞、と彼を呼んだ。その認識はいまだ変わっていない。自分と同型。自身の相似形。それ即ち、金色の髪の青年が、彼をいずれ殺害すべき対象として認識しているという事であり、そしてそれは、この灰白色の髪の青年もまた同じ認識を有しているという事に他ならない。
 ああ、それは。
 なんて楽しい、ゾクゾクする認識か。
 互いの心臓に銃口を押し当てたまま、軽口を交す。
 無抵抗な弱者を一方的に陵辱する快楽とも、自分に信頼を向ける者を裏切る愉悦とも違う。
 一瞬の後には首が落ちているかも知れないという、悦楽。
 自分の心臓をドブに晒すような、ギリギリのスリル。
 それが、楽しくて仕方ない。
 胸の内で燻る冒涜的な火種の温度を堪能しながら、“悪魔”は笑う。
「あはは、思い違いも甚だしいですね。妄想癖があるなら早期の入院をお奨めしますよ」
「はっはっは、貴殿こそ早めに収監されるのが世間のためというものでござろう」
「おやおや、雇用主に対して随分な口の利き方ですね“殺戮仕事”?」
「いやぁ、忠義を捧げるにも相応しい相手と相応しくない相手ってのがあるのでござるよ」
「ふ、ふふふ、ははははは」
「あっはっはっ」
 にこやかに笑いあう。
 会話の内容にさえ耳を瞑れば、それは気の置けない親友同士の歓談にも見えただろう。
 そうしてひとしきり笑い終えると、金色の髪の青年はそれはそれは親しげな仕草で“殺戮仕事”の肩に手を置いて、これまたとびっきりの親愛を込めた口調で言った。春の日の朝焼けを思わせる清々しく爽やかな口調で、サムズアップの一つもキメそうな笑顔で言った。

「じゃ、君、解雇(クビ)ね♪」

「え゛?」
 かくして“殺戮仕事”は無職となった。


†   †   †


――翌日未明
 【封鎖特区・横浜】カナザワ・エリア
 『庭園』本部

 周りを巨大な、しかし美しい造形の鉄柵で囲まれた巨大な洋館。
 ここはかつて様々な能力者が集まり、笑い、泣き、共に戦い、勉学に励み、愛を育んだ場所。
 だが、今此処に能力者たちの楽しそうな笑い声も勉強する時のうなり声も、何も聞こえない。
 しかし、閑散としている訳でもない。
 鉄柵によって外界から隔絶されたそこには、幾つもの笑顔が咲き誇っている。
 今の時代では珍しくなってしまった花が其処には満ち溢れていた。
 いつか誰かが言った。
 神、彼の地にしろしめし、世は全て事も無し。
 此処はいと高き者の住まう場所。
 荒廃した世界最後の楽園。
 美しき女神のおわす天上の箱庭。
 木漏れ日の中で眠るように。
 仮初の平穏を与え給う安寧の揺り籠。
 
 されどその日、彼の地に現れた訪人(まれびと)は、
 御主の愛から最も遠く離れた者だった。


 高い鉄柵を見上げて、彼は溜息をつく。
 変わっていない。あの頃から、何一つ変わっていない。
 複雑に絡み合う壮麗な装飾を施された柵には錆が浮かび、その向こうに覗く木々や花々も彼の記憶にあるものとは異なっていたけれど、それでも、この場所は変わっていないと感じる。
 遠き日々を振り返る。
 懐かしいと感じるのは、自分が歳を取ったという事なのだろうか。
 それとも、こんな自分にも、まだ過日を悼む感情などというものが残っていたのだろうか。
 それを喜ぶべきなのか、或いは哀れむべきなのか。
 少し考えてみて、結局彼はただ蔑む事にした。
 ああ、なんて馬鹿らしい。
 吐き捨てるように口にする。
 重さのない言葉は、あっけないほど簡単に、風に攫われて消えた。
「おい、お前! そこでなにをしている!」 
 突然、声をかけられた。
 なんという事だろう。
 声をかけられるまで相手に気付けなかったなんて、随分と久しぶりの事だ。
 彼は軽い驚きを感じながら、その声の方へ向き直った。
 そこには『庭園』の制服を着た数人の男がいた。全員が銃で武装している。加えて言うならば、その銃口は全て自分に向けられていたりもする。それらを、いっそ慈悲深くすらある微笑みを浮かべたまま見回してから、彼は静かに口を開いた。
「やめておきなさい。そんな玩具では、傷の一つも負わせられない」
 男達――『庭園』の兵士はその言葉を挑発だと受け取ったのだろう。威嚇のために向けていた銃を本格的に構え直し、殺意と共に引鉄(トリガー)を絞り

「僕は、銀誓館学園の卒業生ですよ?」

 続く言葉に、一斉に動きを止めた。
 その名前。
 銀誓館学園、それは。
 彼らの敬愛する『あのお方』がかつて通っていたという、能力者達の学園の名である。
 それが意味するところはつまり、今目の前にいる男が、崇拝する『あのお方』に匹敵するほどに古参の能力者であるという事実に他ならない。そしてそれが正しければ、まず間違いなく、自分達などでは足元にも及ばぬ戦力を有している、という事になる。
 戸惑ったように、或いは警戒するようにこちらを窺う兵士達に満足したのか、彼は優しげに微笑んだ。愛を説く聖者のように温かい表情だった。世界には素晴らしいものばかりが溢れているのだと信じているかのような声音だった。もっとも、彼はそんな事などまるで信じていなかったけれど、そういう風に見せる事だけは上手かった。彼にとっては使い慣れた偽装だった。
 あの頃から何も変わっていない笑顔で、彼は言った。
「僕はクルス・リバーウエストと申します」

「教主――月宮・ヒカルさんに、大事なお話があって参りました」

 天使のように、“悪魔”は嗤った。


【20XX年 封鎖特区 横浜】

 始まりにして終わりの地、鎌倉。
 世界結界はもはや意味をなさず、
 敵性来訪者の来襲、そしてシルバーレインによるゴーストの発生により荒廃した地。
 そのすぐ隣に存在する特区。
 終末のお隣さん、とも揶揄されるもう一つの封鎖特区。
【封鎖特区・横浜】
 この物語は、世界の終りの一歩手前で紡がれる。

スポンサーサイト
  1. 2007/10/29(月) 23:35:04|
  2. 本編
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<El.12 | ホーム | El.11>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://ifadsides.blog118.fc2.com/tb.php/47-f9f0d980
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

カテゴリー

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

FC2カウンター

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。